塾の内外で何が自慢かと問われれば、即座に二、三の事柄が想い浮かびます。
第一は、なんといっても塾生たちの顔です。眼の輝きといい、声の艶(つや)といい、天下一品です。他所(よそ)から訪ねて来た人が、必ずといっていい程、そのことを口にされます。まあ、御世辞半分でしょうが……。
しかし、手前ミソになりますが、確かに彼らは“物を見ている眼”をしています。来た当初は、死んだサバのような眼付きでしたが、生きる姿勢がはっきりすると、眼に表われますね。
必然的に、声も腹の底から出るようになります。こうなれば、もうしめたものです。
次は、この春で三年目になる、淡路島の<チューリップの館>です。殊に、館生たちによる倭(わ)太鼓(だいこ)の演奏です。四月中旬の、チューリップの季節の「館」の立ち姿は、それはほれぼれする程の美しさですが、館生たちの倭太鼓の前に立つ姿は、それをはるかに凌ぎます。<百聞は一見にしかず>で、とにかく一度、見てやってください。
三つ目は、これはあまり表に出ないし、目立たないので分かりにくいのですが、お母さんたちの集う<えぷろん・ルーム>です。特に、塾長の私の立場から見ると、「この<えぷろん・ルーム>なくして師友塾の存在はなし」という程のものです。まさに「クリープのないコーヒー」のようなものです。(ちょっと古いか……)
母と子の<へその緒>は切れない。これは、現場屋の私の自論です。もちろん、物理的には、ずーっと昔に<緒>は切れています。しかし、心の緒は、何歳になっても繋(つな)がっている、ということです。
具体的にいうと、お母さんが山に登りたいと思えば、子もそう思い、寿司を食べたいと思えば、子もそう思うほどに通じ合っている、ということです。子どもというものは、それほどに母親の顔色をうかがいながら育つのです。
そのお母さんが、「なにがなんでも学校に」と思う限り、その子の胸中から「学校復帰願望」は消えない、ということです……