椎名雄一先生コラム『不登校に効く心理学の話』⑥
消えてしまった我が子の自慢(幼少期は自慢の子だった?)
2022年7月1日
日々皆さんとメッセージのやりとりをさせていただいたり、カウンセリングをする中で気づいたことや傾向などをこのコーナーでお伝えしています。今日は「消えてしまった我が子の自慢(幼少期は自慢の子だった?)」という話です。
幼稚園に入る前くらいのお子さんを保つ保護者としゃべっていると「うちの子はこんなに可愛いんですよ」「うちの子はこんなこともできるようになったんですよ」と我が子の自慢をします。そんな保護者の姿を見ていると「親として幸せなんだろうな」と感じます。
一方でお子さんが中高生くらいの保護者に聞くと「うちの子は勉強しない」「うちの子はゲームばかり」と不満を言う保護者が一気に増えます。「でも、良いところもあるでしょう?」と促しても「そんなものありません」となることがよくあります。あの幸せそうな保護者はどこに行ってしまったのでしょうか?
人の幸せとはそんなに難しいことではありません。
愛情を感じられる家族や仲間が数名いて、自分の存在を認めてくれる場所があって、自分の役割があって、最低限の食事などがあれば十分かもしれません。
ある貧しい人が金貨1枚を手に入れては「今月も頑張った」と笑顔で心豊かに幸せに暮らしていました。「貧しいくせに幸せそうなのが気に入らない」と思ったお金持ちがある日その人の枕元に金貨99枚入った袋を置きました。貧しい人は99枚の金貨を見て喜びますが、数えてみると99枚しかないことに気がつきます。(元)貧しい人は「あと1枚あったはずではないか?」「どうしても100枚にしたい」と不満を抱くようになります。こうして心豊かだった貧しい人はお金持ちの思惑通りに不幸になっていきました。
家庭訪問をしていると多くのお子さんはひきこもっていたり、ゲーム三昧だったり、昼夜逆転しながらもちゃんを私のことをもてなしてくれたり、気を遣ってゲームをしてくれたりします。
あたかも99枚の金貨のようなお子さんばかりです。しかし、保護者にそれを伺うと「1枚足りないんです」と言わんばかりに足りないことを不満そうに語ります。
99枚の金貨のような自慢の我が子が学校に行けなくなっているのと1枚足りない不満の我が子が学校に行けなくなっているのとどちらの接し方の方がお子さんは自信と勇気をもらえるでしょうか?
家庭訪問をしていて、学校に復帰した中高生に「僕(椎名)役に立てたかな?」と聞くと返ってくる役に立てた部分の多くは「自信」だといいます。学校に復帰するための作戦や親や先生とのやりとりではなく、「自信を持つこと」をサポートしてもらえたのが大きいのだとか。それは99枚の金貨に目を向けることのように感じることがよくあります。
・おかげでゲームが上手くなったよ
・いやーあれは楽しかったね!
・○○君の家に来るのは楽しみだ
・この前隠れた才能をチラ見せしてたじゃん
・数学の授業がApexの授業だったら圧勝だよね
・なに!?今の技、すご!!
そんな会話を続けていく中で足りない1枚ではなく、99枚持っていることに気づいてもらえれば子どもたちは前に進めるのではないかとよく感じます。
私たちは保育園、幼稚園入園の頃から「競争」に巻き込まれます。
でも、微分方程式ができなければ我が子は劣っているのでしょうか?
大半の大人はできないのに?社会では一部の人しか使わないのに?
生きるために大事なことは「優しさ」「楽しむ力」「好奇心」「自信」「仲間」・・といろいろありますが、それよりも微分方程式は大事でしょうか(数学好きな人すみません。例えです)。
「優しさ」を尊敬し、「楽しむ力」を分かち合い、「好奇心」のままに行動させてみて、、お子さんが成長することもあります。その側面を99回、認めて、尊敬して、応援してから足りない部分に目を向けても良いかもしれませんね。
学校に行く行かないでお子さんを責めるよりは「リビングに出てきた!」「家を満喫できている」「気持ちが家族とつながった」とリハビリの過程を一緒に喜ぶことが大事だと私は思います。「不登校ひきこもりから抜け出す7つのステップ(学びリンク)」には具体的な方法が書かれていますので是非お手に取ってみてください。